やった問題で解けない、間違えた問題が出てきたとする。どうして間違えたのか、自分の思考とか記憶とかそんなものに反省が足りないとまずい。
やったことのない問題を解くのはいいが、やった問題で間違えた場合。非常に危険だと言う認識が必要だ。
いい加減に理解してもそれを許す癖と言うのがまずい。少なくしようと意識しないとザルで水をすくうような学習になる。
基礎とか基本を十分に入れ込むことが出来ていないのに問題を解くという習慣つけると、なにが自分にたりないのかが分からなくなる。
前にも書いたが、東大首席、司法試験、国家一種に合格した人の本再読したが、その人のすごさは、自己分析が客観的なのだ。そして合理的な自分なりの学習方法を確立している。
その人は、自分は天才とかではなく、理解力とかには自信がないとか、数学はセンスがないとかそういう認識から出発している。
そしてインプットとアウトプットを分けている。文系教科は7回読む。理系教科は、7回解きなおす。其の過程も微妙に変えている。
非常に鋭いが、それに実行力がある。努力をしているが、成果の出ない努力はしていない。
参考にすべきだと思う。
今になって自分の学生時代の学習の進め方がいかにまずかったのか再認識させられた。笑。
でも塾生指導の方向性は間違っていないとこの本を読んで確信した。自分の塾生指導の方向性は、自分の失敗や反省に基づいている。笑。
基礎基本を十分に入れ込まないのにその人も問題演習に走るべきではないと言っている。
これが多すぎるのだ。効率が悪い。世の中の大半が間違った学習をしている。
自己分析をして正しいやり方を続ければ伸びるのだ。
基礎から積み上げるということが出来るかがポイントだ。