ほんとうにわかっているか

教材を作っているが、今は説明を丁寧にするように心がけている。

できない子供の目線で説明するのは、勉強になる。わかりやすく説明するには、いろいろ工夫が必要で、自分が本当に分かっていないと説明できない。

昔、論説文でわかったというのは、人に説明できて初めてわかったと言えるという旨の文章を読んだことがある。

わかる人のレベルの目線が、低ければ低いほど丁寧に説明しないといけない。

むつかしいことをむつかしく言うのは、簡単だが、複雑なものを丁寧にわかりやすく説明するのも、基礎を丁寧に説明するのも同じことだと思うようになった。

本当に分かっていないと説明は出来ない。

自分も説明するとまだ本当に分かっていなかったとか、覚えているだけで本当には分かっていないということに気づくことがある。

本当に実力が付くためには、基礎を深く理解し、むつかしいものを、丁寧に基礎に分解して、

ひとにわかりやすく説明できるようになることだろう。

教科書とか簡単だと思って使わない人が、高校生には多いが、ただ問題を暗記しているような勉強では、力はつかない。

問題を解いて答えを写すだけとか、学習ではない。これはやめたほうが良い。定期で暗記するくせがつく。段々定期でも点数が取れなくなる。

何度も言うが、むつかしい問題も本当に基礎を大切にするような姿勢で学習しないと時間だけたつだけで一向に点数は伸びないだろう。

本当に分かっているのか、ひとに説明できるかを意識すると良いように思う。

本当に分かったら忘れたくても忘れにくくなるものだろう。

 

 

 

素直な心

伸びる子は素直さを持っている。

前にも述べたが、武道で、守破離というのがある。

まずは、指導者の言ううことを素直に聞くことだ。

伸びない子は、ひとの言うことを聞かない。自分を持つのは、歳を取ってからでもいくらでも出来る。

いや歳をとっても、素直なほうが良い。

どうしてか。

学ぶことがなくなるからだ。伸びない。

今でも試行錯誤の毎日だ。

素直な子供は伸びている。

我流でがんこなのは、どんなに潜在的な能力があっても伸びにくい。

社会に出てからも、素直で向上心があって、謙虚であるのが理想だ。

極端な話。そういう人間になるために、学習しているのではないか。

自分も偉そうなことはいえないが、

どんな人間も自分より優れたところがあったら、認められるようになるのが良いと思う。

素直さがないと人の長所が見えないような気がする。

まだまだと思う気持ち、ひとの優れたところを認める気持ち、

こういうのがないと学力も伸びにくいように思う。

守があって、最後に、離がある。

出藍の誉れにも、条件がある。

最初は、どんなに能力が高くても、指導者の言うことを聞かない伸びないし、

指導者を超えられない。

素直な心は、大切だ。

塾生で極端に伸びた子は、驚くほど素直な心を持っていた。

今でもそういう子がいる。

 

 

出来ない科目は戻ったほうが良い。

中3の子がいて、いろんな塾を転々としていた。塾のテストも伸びないので、どうして伸びないのかこっちもあせった。

そこで、新作のわかりやすい中1の教材やらせたら、中3の定期も無勉で出来たらしい。もう一人。この子も入ったばかりだが、中1からやらせたら、中1から分かっていない。

中1やらせると、中3もわかるようになったとと言う。

高校生も同じだろう。本当は、中学まで戻らないといけない子が多い。

高校分野も中学分野の上にある。

中学3年で伸びない子は、中1に戻れば、分かるようになるのが分かった。

つまり、塾に入るのが遅い子が多いが、中1からやらないと伸びないのがわかった。

それをどうやれば良いのか、教材を作った。出来ない子向けの教材。

特に英語と数学は、中1分野の征服なくして、中3とか中2をやらせても伸びないだろう。

高校生にそのことを話したら、中学の英語の先生も、中1で決まると言ったらしい。

なるほどなと思った。

でも簡単に戻り学習は出来ない。

言うは易く、行うは難し。

自分の塾は出来る。笑。

継続2ヶ月新たな境地

難関私立を受ける子に。難問だけの教材数学をやらせていた。最初は、かわいそうなくらい苦しそうな顔で問題を解いていた。

他の科目は、そこまでないが、難関になると数学がむつかしいらしい。

でも、もう2ヶ月ぐらいやったら、だいぶわかるようになったらしい。新たな境地に到達したみたいだ。

学校の授業は、簡単すぎるらしい。でも授業を無視するようなことはない。自分もちゃんとやれという。復習になるからだ。

でもどうして大学受験で田舎の上位が、都会の上位に勝てないのかよくわかる。

一方、学校の授業を理解できない子を、塾でわかるようにすることもできる。

塾の仕事は、やりがいがある。やりがいを与えてくれるのは、子供たちだ。

学校では出来ないことを、塾がやれる。

子供に合わせれば、指導する方も新たな境地が見えてきた。

子供に感謝したい。

 

 

覚醒のとき

中1の子が変わった。スピードが、ちがうし、まず集中力がちがう。

学校だけでは、まず無理だろうと思う。

継続は力だが、わかりりやすく丁寧な説明で、その子のわかるレベルまでおとして説明してやれば、そして反覆させれば変わる。これが面白いのだ。

塾の自分と違う先生が、スピードが前と全然ちがうと言っていた。

自分もそう思う。

教材次第だと思う。出来る子は、自分で調べたり、予習をしたり、復習も出来るかも知れない。

そうでない落ちこぼれていく子は、わからないままでずっと行く。

根性論とか、言ったところで通用しない。

出来ない子でも、できるようになる教材の必要性は、高いと思う。

子供は、覚醒する。

本人の自覚を待っているだけでは、そのままの危険が高い。

覚醒する時期にも限りがある。

顔つきと目つきまで変わる。

出来ない子を伸ばす方法。

自分の塾は進学塾だが、できる子だけではなく、出来ない子をどう伸ばすかにこのごろ興味が出てきた。

条件は二つあるように思う。

やるプリントが問題多すぎたり、詰まっていないことだ。プリントが詰まっているとどうしてもやる気が出ないのだ。これは、自分らも同じだろうが、出来ない子は、詰まったプリントや厚い本は、NGだ。

もう一つの条件は、馬鹿丁寧に詳しく教えるが、これだけ覚えれば良いみたいなポイントを強調することだろう。そして何度も同じことをしつこく言うしかない。

理解力のある子だともういいかげんにしろというところまで説明しないとわかってもらえない。

学校というところは、予習するとか理解力のある子でないと理解できないままになっている可能性が高い。というのは、出来ない子は何もわかっていず覚えていないからだ。

塾に来て初めてわかったみたいなのが多い。実際直接指導したらわかる。

プリントが見やすいのと説明がわかりのの二つが大切だ。もちろん反覆も大事だ、

でも反覆する前にある程度理解できないと、出来ない子の学力は伸びないと思う。

言いたいのは、指導する方が、子供を本気で伸ばそうとする気があるのか、それとも子供の理解力に頼るのか。今年の学年は、出来が良いとか悪いとか聞くと、なに言ってってるんだろうと思う。

子供を伸ばす気があれば、工夫次第で子供は伸びる。

これは間違いない。

出来ない子は、伸びるのがはっきりとわかる。指導のやりがいは大きい。

 

 

その高校行くのやめようか。

普通科高校がこの地区には、二つある。ある模擬試験の高3の結果を見て驚いた。こんなことをを書くのは反発食らうのは必至だろうが、承知で書かせてもらう。実態が親も子もわかっていないだろう。

文系記述の平均が、200点満点で、数学29,9点。理系は、36,1点。もう一つの学校が、73,3点と95,8点。

世界史100点満点で、19,4点、日本史18点、もう一つの高校、41点、36,2点。

理系の平均偏差値、40、4.もう一つの高校52,4.

物理の平均17点。もう一つ37点。

文系の最高点偏差値、72が一人いて、2番目が52。50以下がほとんどだ。

30台の偏差値が48人中23人。もうひとつの高校は、76人中6人。もう一つの高校の1番は、偏差値88ある。有名人だ。東大間違いなしだろう。

大学受験で、記述で50ないと推薦以外は、国立はかなりきつい。

その学校での学習時間は日本でもトップクラス。成果が出ない学習の典型例だろう。睡眠時間は、短い子が多い。2時3時まで宿題やってる真面目な子がいる。

30年昔は、逆だった。自分が塾始めたころは、トップクラスとか東大とか医学部にも行っていた。

理数科導入、中高一貫導入、受験区廃止で、差がついた。

大学受験で、本当に行きたい大学狙うなら、その高校に行くなら、高認とって、気の利いた塾で勉強した方がましだろうと思う。

学校で集団生活したり部活しないと人間形成に支障が出るよ。こう反対されるだろうが。

自分は、その普通科に行くぐらいなら、工業や商業に行くことを薦めている。

うちの学校は、高校3年は、全国偏差値で40で、課外と宿題たくさん出す学校とは言わないだろう。

改善するにも根が深い。昔の面影は今はない。宿題学習は変わらない。ただ入ってくる子のレベルが違う。でも指導の仕方がよければ、ここまで落ちないだろう。

その県立普通科行けばどっかにいけると言う幻想が、いまだにあるのが田舎の特徴だ。

情報が入ってこない。というより情報に興味がないのか。

でもネットで名前がないと、路頭に迷う。受かるか受からないか、天国と地獄。

これだけは、間違いない現実だ。

時代は変わった。

 

 

 

 

 

最初が肝心

中学1年の英語の教材作っていた。中1でいろんな基礎をやるんだと改めて思った。中学1年の数学でもそうだったが、中1の数学と英語は、特に大切なんだと思った。

中2も中3もこの中1の分野がわかっていないと、さっぱりなのがよくわかる。

中1の基礎の上に、中2と中3がある。そして、高校分野があるのがよくわかる。

もちろん数学なら、中1の分野の根底に小学分野がある。小学の基礎、中学の基礎、高校の基礎は、つながっている。

特に英語と数学は、中学1年は大切だと思う。分からないひとは、戻り学習がどうして必要なのかよくわかる。

基礎というのは、簡単ではないと言ったが、予習をすると何が基礎なのか見えてくるのだと思う。

中学1年の英語の基礎がないのに、高校分野をいくらがんばっても得意になりにくいのがよくわかる。

中学のころは英語が得意だったのにと言うのは、本当のところ、本当に基礎ができているのかどうか疑わしい。

けっこうなことを中学でも学んでいる。

深く理解しているのか、暗記しているだけなのか。

そこのところが大事だと思う。なぜなのか英語も数学も考えながらやったほうが良い。

中1だからと馬鹿にしないほうが良いと思った。中学分野からやり直して難関大に受かったひとの合格体験記を見たことがあるが、なるほどと思った。

根底から理解させるような教材つくりをしたいと思った。

 

体系性と網羅性

体系性と網羅性これのバランスがむつかしい。

体系性というのは、知識の順序立てで、法学勉強したひとなら分かるが、刑法なら、構成要件、違法性、責任と言う順番で考えないとわからない。英語の文法なら五文型がわからないとまったく知識にまとまりがなくなる。

網羅性というのは、細かな知識だっったり、いろいろある。学問の根幹にかかわることだろうが、英語にしても、単語、文法、読解、英作、細かな知識も必要で、受験にも出るからやる必要がある。

でもバラバラな知識を体系的に脳みそに入れないと結局使えない。

体系性と網羅性の二つが、あって力がつくが、この橋渡しをするのが、指導者の仕事だ。

子供も素直さが必要だが、指導者が体系性と網羅性の二つを意識しないと、まずいのではないか。

一科目でも極めるのはむつかしい。複数の科目ならなおさらだ。指導者が、勉強続けないと話にならないのは、体系性と網羅性という二つのはざ間にいるのがまともなはずで、何十年もやっても簡単にはいかない。

奥は深く、やってもきりがない。

体系性だけではまずいが、網羅性だけではまずい。車の両輪みたいで、受験内容も変化する。

わかりやすいというのは、体系性を意識した説明で、そこを目指して行きたい。

子供がわかりやすいといってくれるとこっちもうれしくなる。

 

 

 

基礎の大切さ

基礎の大切さと言うのをネットで調べていたら、ある塾の塾長のブログが出てきた、三重にある青木塾と言う塾長のブログだ。

個人塾で、実績出すには、このくらいの個性と説得力がが必要だと思う。

30年も塾やってると同じような考え方になるのかどうかは分からないが、共感するものが多い。

基礎って簡単なものだと誤解している人が多い。そんなものではない。数学の定理とか公式を導けるのが、基礎力で、英語でも語源とかの理解、品詞の理解、簡単どころか深く理解して初めて大切さがわかる。

建築物で言えば、もっとも大切な基礎工事の部分だ。基礎というのは、深く掘って磐石にすれば、後はいろいろ乗っけられる。

その乗っけ方も、体系性というしっかりとした考えで乗っけないとバラバラで使えない知識が雲散霧消となりやすい。

学習と言うのは、なぜなのかどうしてなのかと言う根本的な思考と基礎を大切にするとい考え方が出来て、知識が増え覚えるものを覚えていくべきだ。

そして解いた問題を基礎に分解できるようになったら、いやでも高得点になりやすい。

基礎が簡単なものではなく、身につけるのは大変だが、何がその科目の基礎なのかは、指導者の理解力と経験によるところが大きい。

基礎の本当の大切さを伝えるのが、塾なのかも知れない。