捨てる神あれば,拾う神あり。

努力したつもりでもうまく行かないことがある。

運がいいときもあれば、そうでないときもある。

一生懸命やっても報われないときがある。

ここで腐って人のせいにしたりせず、努力すれば、必ず、いいことがある。

そう思う。

受験にしても、みんな希望が叶うわけでもない。でも努力は、必ず、何らかの

形で、時間が経ってから、自分に返ってくる。

これは、受験に限らないと思う。

一生懸命やっている人は、必ず、何らかの形で、時間ガ経ってから、

返ってくる。

これが人生の面白いところだと思う。

捨てる神あれば、拾う神あり。

でも何らかの行動を起こさないかぎり、拾う神には

遭遇しないと思う。

 

直接指導対スーパーイーグル

国立高専の子がいて数学が単位を落としそうだと言うので

国立高専の教科書に添って、分からないところできないところを直接指導していた。

国立高専の教科書は、普通科の教科書と違うので、

スーパーイーグルは使えない。

ひととおり教えたので、今度は大丈夫だろうと期待していたら、残念な点数だった。

本人が解き直しとか、反復をしていず、そのままで試験を受けたのも原因があるが、

もしも国立高専の教科書のスーパーイーグルがあったら、

もっとましな点数になっていたと思う。

直接指導が機能するのは、子どもがしっかりしているならいいが、

学習の時間が足りないとか、基礎の定着が無いとか、の場合はかなり伸ばすのはきつい。直接指導は、時間効率がかなり悪い。

全教科指導なんて出るわけがない。

家庭教師とか個別指導とか面倒見てくれる。分からないところを教えてくれる。それだけでは親が期待するほど伸びないと思う。、焼け石に水の場合が多い。

できる子は、ほとんど自分でできる。個別指導で伸ばしているのではなく、環境を与えていることがおおきいとおもう。

親が子どもを教えて伸ばすのは、もっとむつかしいと思う。

自分は、個別指導、授業形態いろいろやってきたが、高い確率で伸ばすのは困難だった。もちろんある程度は、伸ばしてきた。そうでなければ、塾自体が今はないだろう。笑。

でもスーパー、イーグルに子どもが、向き合って学習すれば、確実に学力を伸ばせる

自信がある。

普通の映像教材とはまったく違う。伸ばす力があると思っている。真面目に取り組んでいる子がほとんど伸びているからだ。

みんなとは言わないが、信じられないほど子どもが、激変するほど伸びることがある。

これは、スーパーイーグルを使って指導してみないと分からない世界だ。

理にかなった学習指導の方法だからだと思う。

入試前は、とくに絶大な力を発揮することが多い。

 

 

 

小学生をおしえると伸びがはっきり分かる。

小学生を指導すると伸びがはっきり分かるところがいい。

一つには、脳ミソがやわらかいのと、いい意味で純粋なことだ。

もう一つは、習得する範囲が少ないので、反復がしやすく、指導がしやすい。

手に取るように伸びるのが分かる。

素質のある子は、小学時代に思考力のつく問題で、

考える力、なぜなのかと考える習慣を付けさせたい。

そうすることで、学年が上がっても、理解できる能力が身につく確率が高い。

親が教えると喧嘩になりやすい。簡単な問題だけでは、脳ミソが鍛えられない。

小学校の時代こそ伸び幅が大きい。

算数は特に大切だと思う。考えさせる問題に素質のある子は、

当たることを薦める。

大きな学習財産を形成するのは、

小学校の時代だと思う。

小学生の伸びは、すごいと思うことがある。

鉄は熱いうちに打て。

質か量か

受験勉強と学者の研究は違う。前者は決められた時間に成果を出すことを求められる。後者は、時間は無制限、問題の設定も自分でやらないといけないし、独自性を出そうとする。

とにかく制限時間内にどれだけ得点を挙げるかが問われる。スピードが命なのだ。東大王という番組見ていて分かるが、どれだけ頭の回転が速いかが問われている。

凡人が天才に勝てるかというと無理だという結論では、ロマンがない。

大学受験までなら、どうにかなると思っている。もちろん天才が、100だとして1の子を100にできるとは言わない。

昨日中3の保護者が塾に来て、

自分の子が塾に入って段々成績が上がって、定期テストはよかったけど実力テストがいやだったのが、受けるの楽しみになったと言うようになった

と話してくださった。

予習をさせて、ガンガン過去問を15年分させようとし始めたところだ。まだ少ししかやっていない。見ていて解くスピードがはやくなってきた。伸びているのが分かる。

センター対策なら、数学過去問、17年分34回、本試験と追試の問題を解説し、印刷もできる。自由に印刷させるのでものすごい印刷量だ。全部の科目が演習できるシステムを10年かけてつくってきた。2次試験の解説も大学ごとにつくってきた。

日本じゅうさがしても稀有なシステムだと思っている。宮崎と岡山にしかないが、真面目に取り組んだら確実に伸びる。

はっきり言って、センター対策なら過去もんと教科書以外やる必要もないし、できない。

化学の過去問解説など福地大先生の解説の詳しさとか、すばらしい出来だと思う。3時間以上ある。どこの予備校の授業よりも分かりやすく、実践的だとおもう。

塾生を見ていても、塾の指導のとおりやっている子は確実に伸びている。

質と言うのも、量というのも大事だ。実践の中でしか、凡人は伸びない。

東大王にでるような人は一握り、大抵凡人。

やるべきこと、やり方、そしてやる気、3つがそろわないと伸びない。

分かる、できる、はやくできる、もっと言うと圧倒的なスピードをつけるように訓練することが大事だと思う。

授業を受身で聞いているだけでは伸びない。課外とか補習とかはっきり言って時間の無駄だろう。

 

 

現実化できるか

受験にしろやり方は教えても、それを実際できるのかというのが大事だと思う。

高い確率で子どもの学力を伸ばす方法を探ってきたが、本を最初から最後までしっかり読んで理解し、繰り返せば、そして3回繰り返せば子どもの学力は、高い確率で伸びる。

野球でも4割バッターならすごいことになる。

つまり、高い確率で、どんな子でも伸ばす方法なら優れた指導法と言えると思う。

よく偏差値20上げるとか言うが、全員伸ばせるはずがないし、よくよく見ると英語だけとか、そんなに簡単に学力が伸びるはずがない。理論と実践が必要だからだ。

学校の授業は、朝から夕方まで、高校なら、何時間も授業を受けているが、指導して分かるのは、半分ぐらいの生徒は、センターで半分も取れないことが多い。下の方のクラスだと塾生が、模試で500点越えたら、すごいねと言われていやになったといっていた。

こういう下の方のクラスになると、学校に行っても学力の浮上は困難だ。本人たちの責任もあるが、模擬試験だけ毎週うけさせられて、ろくでもない点数を毎回取って、模試の復習だけやっても、基礎が出来ていないから、消化試合みたいになっている。

どうして学力が付かないかというと、教科書の理解ができていないのと、過去問を繰り返してポイントを押さえると言うことをしないからだ。

つまりやるべきことをやらないで、ベネッセの予想問題みたいな、やってもやらなくてもいい問題を直前までやり、本来やるべきこと、出題される基礎を確認する学習がおろそかになっている。ある意味かわいそうなのだ。

いろんな塾に行っているらしいが、学校のやり方と大差ないなら、伸びないだろう。

浪人生で、去年400点台だった子が、基礎を徹底して夏休みまでに完成させ、いまは、各科目10回以上演習、解説を聞いて、繰り返し反復させてきたら、

本人曰く、学習が楽しくなった。力がついてきたのが分かって、自信がついてきたという。

本番までには、もっと伸びる気がするといっていた。去年の10倍以上問題を解いているという。

ある現役の子も、最初は成績も悪かったが、真面目に塾の言うとおりやってきたら、すこしずつだが、伸びてきて、下のクラスだが、今では上のクラスの真ん中ぐらいまで来た。

伸ばす確率の高い方法と言うのが、本当のところ分かっている人は少ないのではないだろうか。

理屈ではどんなことがいえても、高い確率で伸ばすのを現実化する方法と言うのが、価値ある指導だと思っている。子供の素直さは必要だが。

親の理解

このごろつくづく思うが、どうやったら学力が伸びるのか親が分かっている必要があるのではないかと思う。

学習の内容なんかわかる必要もないが、どうしてうちの子は伸びないのかとか、どうして塾にいって伸びないのかとか、親も根本を理解してもらいたいと思うときがある。

塾に週一回とか行って、家で学習しないのに成績が上がらないと言われても困るが、

毎日のように塾に行っても伸びないなら、何かの原因がある。

学力は、基本基礎をま固め無いといけない。単語も定理も用語もしっかり覚えないと応用も何もない.塾生を指導して分かるのは、成績の悪い子は、本来押さえておくべき基本事項を習得していないことが多い。

本来押さえとくべき事項が、段々学年が上がるほど増える。

そして、文章を正確に読んで、出題者の趣旨に添って読み解く読解力が不足していると応用が利かない。

成績の悪い子は、本来覚えるべきものを覚えていないか、文章を、または設問をしっかりよんで答えるつまり読解力が不足しているように思う。

読み書きそろばんと言うが、言い換えると、読んで、書いて、計算してということではないだろうか。

基礎となる能力は、小学校の頃からが大切だと思う。

じゃー高校生から伸びないかと言うとそうでもない。人それぞれだ。

でもいずれにしても、基礎力と読解力の二つを鍛え、反復して脳ミソに叩き込まないと

なかなか伸びないと思う。

本を小さいときからよく読んでいる子は、伸びが大きいのは確かだと思う。

本はよく読んでいるが、勉強していない子と言うのは,大化けする可能性が高いと思う。

どうして塾があるのか

塾というのは、学校のできないことをやるから存在している。需要がそこにある。

塾というものは、自由に選択ができ、やめるのも自由だ。

だから、競争原理にさらされる。これがいいとこだと思う。

学校は、公立なら、競争原理には晒されない。だから進歩しないのだろう。

ところが、競争原理が、教育の質的向上とかより、宣伝力と資本力にあるから、おかしくなる。資本主義が、教育の分野まで露骨に入っている。

受験で合格実績出すのに、特待生を集めたり、模擬試験で優秀なら、ただで教えてているところはいっぱいある。

つまり、できる子を集めて実績を出す。そしてできなくて金のあるこがお客さん。

これが露骨過ぎるところが、のし上がる構図。これが受験産業。

できない子は、大抵伸びない。基礎の入れ込みを大手はしないし、できないからだ。それに気付いても遅いことが多い。

これが、私立の高校も似たような構図だ。素質のいい子を特待で集める。有名私立はしない。

要するに、できない子は、塾に行っても、学校に行ってもお客さんになる可能性がある。大手は基本的にそうだ。

個人塾のいいところは、そういう構図から、外れて、独自の教育手法で、子どもの学力を伸ばそうとする。つまり、学習方法の純粋な改良で、子どもたちをできる子も、できない子も伸ばそうとするところに真の存在理由があるのではないか。

子どもは、やり方次第で伸びる。ここに塾の存在理由があるのではないかとずっと思ってやってきている。

普通のやり方では、簡単には伸ばせないと思う。

 

全部同じ問題

過去問を10年分とか解説作っていると全部同じ問題に見えてくることがある。

問題は違うし、文章も違う。でも聞いてる基礎は同じだと言うこと。

数学だったら、教科書の基礎だし、英語は単語と文法、国語なら、用語と漢字と文法、理科社会なら教科書が、ベースになって聞いてることは同じだと言う感覚。

これが大事だと思う。

全部違う問題にしか見えないなら、基礎を深く理解していない証拠だと思う。

いろんな問題やるのは大事だが、基礎がわかっていないで問題を漁っているような学習が

流行っている。

大体問題集は無限にあってどれもこれもそんなに酷いのはない。

どれもこれも手を出さないといけないという感覚は、受験産業の餌食になる。

自分は、教科書と過去もんで受かりますよと言っている。

反復しないといけませんよ。スピードがつきませんよ。解説聞きながらやったほうがいいですよ。

当たり前がむつかしいのだ。そんなにやる時間は無い。

ぜんぶ同じ問題に見えるような学習をもっとすべきだと思う。

基礎が大切で、解法の技術なんてたいして使えない。

ばけもの

世の中には、ばけものと思うような人がいる。先日病院で親類の大伯母さんに会った。

だんなさんのつき添いで、編み物をしていた。

おんとし90近く。何十年前から変わらない。いや若くなった。笑

うそだろうと思うほど肌つやがいい。

昔教員だったらしいが、信じられないほど若い。

妹に話したら、育ちがいいのよと言っていた。

失礼だが、ばけもの。すばらしい。

頭のいい化け物も見たが、

みんな超然としている。

地べたをはいつくばって生きているような気がしない。

人のことは気にしない、なんかオーラが違う。

化け物は、どこか超然として生きている。

羨ましい。笑

 

スピード

学習でも仕事でも、スピードと言うのはポイントになる。不正確なのは困るが、

できる、切れる人は、スピードがある。しかも正確。成功の確率は高くなる。

ゆっくりじっくりそして時間がかかる。そして不正確。これで成功するだろうか。

成功の定義はむつかしいが。

あるスーパーに行くのだが、そこに一人の若い子がいる。スピードがはやく品物の入れ方がうまい。だから、その人がいないかどうかをまず確かめる。

ほかの人には悪いが、遅い上にもののつめ方が雑だ。

スピードがあってしかも正確。これで社会に出て評価されないだろうか。

後は、人間性が問われるが、

自分の知り合いでも、仕事ができて成功している人は、やることが速い人が多い。

子どもの学習でも、繰り返せとか反復しろというのは、

試験時間が決められ、その中で成果を出さないといけないのにつながる。反復によって

スピードが高まるのだ。

つまり、社会に出てからも、サラリーマンになろうが、何になろうがつながるような気がする。

寿司屋に行って、にぎりが早くて、うまいのを出す店と、

時間がかかってまずいのを出す店でどっちが繁盛するだろうか。

早くてうまい店に、人は集まり、そして、多くが並ぶのであって、旨くても遅い店には人は集まらないような気がする。

スピード感というのは、大切だと思う。

訓練にとってスピードははやくなる。小さいときこれを鍛えたほうがいいと思う。

学習だけのことを言っているのではない。